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夢に日付を! ~夢実現の手帳術~

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思いをカタチに変えよ!―だれもが人生の主人公で生きるために

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Date your dream システム手帳 JDB105B (ブラック)

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サービスが感動に変わる時―青年社長渡辺美樹の社員への熱いメッセージ (単行本)

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渡邉美樹さんの他の記事
Q.夢を叶えるためには、どうしたら良いですか。」を読む。


【夢に日付を】

ワタミフードサービス株式会社
代表取締役社長  渡邉 美樹(わたなべ みき)さん


頭を使って、今までにないビジネスを立ち上げる。
このセンス(と言うよりも努力)は、起業家にとって今も昔も変わりません。
それは、インターネットが普及した現在も同じです。

渡邉美樹さんは、居酒屋「和民」を300店運営するワタミフードサービスの社長です。
父親が事業につまずいたのを目の当たりにしながらも「社長になる」と小学校5年生の時に決意したそうです。
この原動力となったのが「夢に日付を」という座右の銘だと言います。
子供の頃から、わんぱくだったそうですが常に「いつ何をする」と書いたカードを胸ポケットに入れ、達成しようと努めてきたそうです。

1982年に明治大学を卒業し、事業の開業資金集めのために佐川急便で配送の仕事もしたそうです。そうして、1984年に渡美商事をたちあげ居酒屋「つぼ八」のフランチャイズ店を経営、86年に株式会社ワタミ(現ワタミフードサービス株式会社)を立ち上げました。
2000年3月には東京証券取引所第一部に上場を果たしています。

今、インターネットを活用したビジネスが注目されていますが、これは自己資金が少なくてもビジネスとして成り立つ可能性が高いからです。
渡邉さんが「社長になる」と決意した頃は、今のようにインターネットは普及していませんでした。ビジネスチャンスとしての選択肢が少なかった当時、大学を卒業してわずか2年で起業できた秘訣は何でしょうか。

佐川急便で開業資金を稼いだ、というくだりは「叩き上げの苦労人」のようなイメージがあります。
これだけの事業を経営されているのですから、もちろん「苦労」はされているでしょう。
ワタミフードサービスのWebサイトの会社沿革を見ると、可能性を求めてさまざま事業を展開しています。
その一方で、見切りをつけた分野の事業は、引き際も鮮やかに撤退しています。
成功の裏側には失敗もあるでしょう。
経営とはそれなりの「苦労」があるのです。
ただ、ここで「?」と思います。

「苦労」って何でしょう。
苦しくて辛いことでしょうか。
佐川急便=運送業=体力勝負=キツイ=苦労
そんなイメージなのでしょうか。

実は、私は渡邉さんは人が「苦労」と思うようなことを渡辺さん自身は意外にも「苦労」と感じていないと思うのです。

「『夢』を明確にイメージできれば今何をするかが分かり、可能性が無限に引き出される」

そう信じ、社員にも伝えてきたそうです。
渡邉さんは「社長になる」と言う夢を小学校5年生の時に決意したのです。
そうして、この少年は「夢に日付を」「いつ何をする」と書いたカードを常に持ち歩いていた、ただならぬ少年だったのです。
言ってみれば、渡邉さんは将来、社長になるために「いつ何をする」のかをキチンと把握していたのです。
大学を卒業して、会社を作るには何が必要か知っていて、それを最短距離で実現するには当時、金払いが良かった佐川急便で仕事をしていたのです。

自分にとってやりたくないキツくて辛い仕事は長続きしません。
けれども、渡邉さんは佐川急便の仕事は辛くなかったに違いありません。
体力的には、ヘタヘタになるくらい学卒者と言ってもコキ使われたでしょう。
ですが、渡邉さんは分かっていたはずなのです。
「2年間の辛抱だ。そうしたら、社長になってやる」
開業資金とはフランチャイズ資金を貯め、居酒屋のオーナーになることだったのですから。
夢が現実味を帯びてくれば、これほどやりがいがあることはありません。
ひとつの成功が自信に繋がり、次のステップへと進むのです。

私たち凡人が見て、成功づくしに見える渡邉さんですが失敗もあったようです。
渡邉さんは営利事業をだけを営んできたわけではありません。
社会貢献事業の一環として、中学・高校を運営する学校法人郁文館学園の理事長という要職にも就かれているのです。
「わたみ北海道自然小学校」という小学生向けの講座を開いたときのことだったそうです。
子供たちの夢の発表会を前に、大怪我してしまったのです。

年数回は訪れる牧場では、いつも同じ馬に乗るのだそうです。
しかし、その日に限って牧場主が別の馬を勧めたそうです。颯爽と疾駆するはずだったそうですが落馬し鎖骨を折ったそうです。
激しい痛みに帰京するまでに3度気絶し、完治するまでに1年かかったそうです。

渡邉さんは一代で事業を立ち上げた忍耐づよい経営者です。
普段「発熱したから休むは顧客に通用しない」と社員を叱るほどです。
自分に厳しい一面を持つがゆえにプロ意識も強いのです。
「馬に乗らなかったら」「断れば」そんな後悔がとめどなく湧き出たそうです。

そんな渡邉さんを見て医師は「幸運だ」と言いました。
「打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない」と言ったのです。
このとき、渡邉さんは「普通に働けることの幸せを思い知った。世の中何が起きるか分からないのだ。人は努力しかできず、あとは幸運など別の力が働いている」と思ったそうです。

大学を卒業し、目標に向かって最短距離で走ってきた人間が「普通に働けることの幸せを思い知った」と言う言葉に私は意外な面を見た気がしました。
渡邉さんをして、そう思わせた言葉の背景にあったものを見たような気がしたのです。
成功者は、自分の生き方に自信を持っています。
強い忍耐力と精神力で成功の道のりを歩いてきた人間は、事故というリスクを念頭においていても実際に自分が働けなくなった時のことを想定したシナリオは用意していないものです。
それだけ、ゴールを目指して長いこと走り続けていると言えるのです。

優れた経営者は、ついていく者に感動を与えるものです。
ついていく者、慕う者は金で動いているわけではないのです。
その人(リーダー)の生き方に共感しているのです。
夢を共有していると言っても良いです。

がむしゃらに走って成功した経営者には、途中で疑問を抱き離反していった人もいるでしょう。
経営者は、カリスマであり、夢を与える人であると同時に一人の人間なのです。
渡邉さんは、落馬を期に仕事とは別の大切な心に気づきました。
そうして、感謝の気持ちを持ったのです。
実行力と強い信念の影に「痛み」を知った人間のみが持つ、懐の深さを垣間見たような気がしました。



<渡邉美樹さんの記事を読んで感じたこと>

1)将来の「夢」が具体的であれば、そのために今何をやるべきなのかが分かる。
2)何をやるべきなのかが分かれば、努力することで夢に近づくことができる。
3)「いつまでに」「何をする」努力を続ければ夢を手にすることができる。

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渡邉美樹さんについては、以下のサイトに詳しく紹介されています。
http://www.shc-creo.co.jp/webcreo/latest/e20020203.html 【経営】:渡邉 美樹(わたなべ・みき)さん
http://retsuden.gozaru.jp/ra/watanabe-miki.htm ワタミフードサービス社長


※このページは「日本経済新聞 2004年11月1日(月曜日)」に掲載された記事を参考に記述しました。





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